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めんの歴史

私たちの生活とともに変化した、めんのドラマ。
紀元前7000年頃、西アジアで栽培され始めた小麦はシルクロードを通って中国へ渡り、めんが誕生。中国の黄河流域からアジアの各地へ伝わったとされています。
日本へは、遣隋使・遣唐使によって伝播されました。大陸を渡り、数々のドラマを経て私たちの食生活の中に定着した、めんのおもしろい歴史をご紹介します。


奈良・平安時代

日本最古のめん類伝来は、中国のお菓子だった!
日本のめん類の歴史は、奈良時代より始まりました。奈良・平安は、中国に派遣された遣隋使・遣唐使によって様々な大陸文明が伝わった、貴族中心の華やかな時代。
唐からは様々な食文化とともに、粉食菓子の一種である唐菓子(からがし)という食べ物が伝来しました。これは、小麦粉や米粉に塩などと水を加えて練り合わせて、蒸したり油であげたもので、貴族の間では主に儀式用の供え物、接待用の高級菓子として用いられました。
この唐菓子の中に、そうめんの原型と考えられている索餅(むぎなわ)があります。小麦粉や米粉に塩水を加えて混ぜ合せ、引き延ばして縄のようにより合わせたもので、我が国最古のめん類と記録に残されています。
めん類の始まりは、豊かな経済力のある貴族だけが食べることのできるものだったようです。

鎌倉・室町時代

修行僧の間食として食されたうどん。
鎌倉・室町時代は武家や僧侶が中心の社会となり、幕府が開かれ、栄西、道元によって、臨済宗、曹洞宗などの禅宗も伝えられました。当時、修行僧達は中国より伝播された茶子(ちゃのこ)や点心と呼ばれる寺院食品を朝夕の食事の合間に口にするようになり、厳しい修行の憩いとしたそうです。
古い文献によると、この点心には饂飩(うんどん)、基子麺(きしめん)のようなものがあったとされています。そして、この饂飩(うんどん)が、現在食べられているうどんの元祖と考えられています。室町時代初期には、すでに現在と似た製法で作られ、切り麺として食べられていたようです。禅宗が武士の間に広まると、公家や武家達も仏事に関する集会を催した際に、饂飩(うんどん)に汁や具をそえて、顧客に振舞うようになりました。こうしたもてなしが、いつしか日本人の朝夕二度の食事習慣を三度に変えるきっかけにもなったようです。
この頃のめん類は、禅宗の教えとともに、僧侶から武士、そして庶民へと普及され、次第に大衆化されていきました。

江戸時代

江戸っ子の間で大ブーム!
戦国時代の動乱が過ぎて世の中が安定した江戸時代は、武家社会に対して町民文化が発展し、様々な味が生まれてきました。 その中でそばも、庶民の食べ物として急速に普及してきました。
寛永年間の朝鮮の僧、元珍がそばのつなぎに小麦粉を使うことを、南都の東大寺に伝授し、そばはめん線状にして食べられるようになりました。これは、「そば切り」と呼ばれ親しまれていたそうです。
元来そばの歴史は古く、奈良・平安時代にまでさかのぼります。「続日本記」にもその記録が記されており、痩せた土地や寒冷地でも育つそばは、救荒作物として、栽培が奨励されていました。その頃のそばは、粉をお湯などで練った「そばがき」や蒸した「そば団子」として食べるのが一般的だったようです。
元珍によって教えられたつなぎでめん線状になり、食べやすくなったことで、江戸中期になると二八そば、夜鷹そばなどの看板を付けた何千軒ものそば屋が建ち並びました。粋な江戸っ子達は、細めのそばを濃口醤油で作ったつゆにちょこっと付けてすすり、そばの風味とのどごしの良さを楽しんでいたようです。

明治時代

中国で生まれ、イタリアで育ったマカロニ・スパゲッティ
武家社会が終わりを告げて「文明開化」の風潮が広まり、西洋文明が取り入れられた明治時代は、食の分野でも大きな変化をとげていきました。
東京、横浜、神戸の大都市では、上流階級の間で西洋料理が食べられるようになり、この頃にマカロニ・スパゲティも渡来してきたようです。
もともとマカロニ・スパゲティは、マルコポーロがその原型を中国から持ち帰り、その後イタリアを中心に普及するようになりました。
当時、高級レストランで使われていただけで、値段も高く、庶民には馴染みの薄い食べ物で あったようです。
その後、昭和29年にイタリアから自動製造機を輸入し、量産化が始まると、次第に庶民にも普及し始めていきました。

大正時代

混乱の時代の横浜から始まった、ラーメン。
大正時代になると中華めんが登場します。実際、中華めんがいつ頃、どこに渡来したのか様々な見解がありますが、明治末期から大正初期にかけて横浜から始まったのが定説といわれています。
この時代、社会は不安に包まれ、経済は不況を迎えていました。そば屋、うどん屋の影で支那そば屋の屋台が目に付ようになり、徐々に一般に広まっていきました。
後に、ラーメンと呼ばれるようになり、今やめん類の中では、最も親しまれるようになりましたが、その誕生はいたって地味なものだったようです。

昭和時代

高度成長期時代の、御当地ラーメンと即席めん。
大正時代に登場した中華めんは、その後、昭和40年代に入って、現代の御当地ラーメンの先駆けともいえるサッポロラーメンのブームを興しました。それに続けとばかりに、喜多方ラーメン、東京ラーメン、博多ラーメンなどがそれぞれ独自の味が人気を呼び、テレビ、雑誌などに取り上げられるようになってきました。
さらに、昭和33年には、即席めんが誕生し、折から高度成長時代の食事形態の要求とその調理の簡便性より、国民の支持を得て瞬時に日本人の食生活に入り込み、定着していきました。

現代

めん喰い三昧時代到来!
奈良時代に始まっためんの食文化は、長い歴史と時代毎の文化を融合して様々なめん類を生み出し、今やバラエティ豊かになりました。何百年にも及ぶめん文化が集約されている現代は、めんを食べるには大変充実した時代であるとともに、未来に向けての新たな めん誕生の可能性も秘めています。

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